人間の集団について
-ベトナムから考える-

司馬 遼太郎

中公文庫

★★★★★


“ 「ベトナム人は葦です」
といったのは、解放戦線政権の外相グエン・チ・ビン女史である。巨人であるアメリカは葦の原にとびこんでこん棒をふるったが、葦は薙がれても切れることはなかった、という意味である。
この戦争を通じてみせたベトナム人の本質をこれほどみごとに言いあらわした言葉もないが、形而下的にみてもこの土地のひとびとは葦の感じで、ひどく植物的である。 ”

“ 私の半生のなかで、このベトナムにおける短い期間ほど楽しい時間はなかったように思える。
今後もそういう時間があるかどうか、飛行機がサイゴンの空港を飛び立ったとき、窓の下の森と河を見ながら、私にすればめずらしく感傷的になった。いまでも、夢でしばしばサイゴンの雑踏を見る。あの魚くさいニョクマムのにおいを嗅いだりする。あの雑踏にいるひとびとはいまも元気なのかどうか――ばかげているかもしれないが――そんな滑稽なばかりに思いを募らせてしまう何かを、ベトナムの集団はもっている。




この本を初めて読んだのは学生のときでした。こんなふうにわかり易く人間・現代史・社会を説明してくれた人はいませんでした。それ以来、司馬遼太郎の随筆を読んでいます。それでもやっぱりこの『人間の集団について』が一番かもしれません。
この旅は1973年のこと。ベトナムからアメリカ軍がちょうど公式撤退したタイミングでした。泥沼の代理戦争の現地において50才の司馬さんが語るのは、村、民族、地縁、稲作文化、華僑、越僑、国、ベトコン、日本人、ベトナム人・・・・と様々な「人間の集団」について。司馬エッセイの特徴であるオリジナルな視点からの事象分析が、惜しげもなくそこここに散りばめられています。まともに社会科を学んでこなかった僕には目からウロコの連続でした。的確で専門的でありながら専門用語の出てこない、柔らかい言葉で行われる人間分析。数年ごとに何度か読み返していますが、その度色褪せることがありません。


'74.11.10.第1刷発行
'97.04.05.第16刷発行

記:'12.04.19



非常口