街道をゆく
(12)十津川街道

司馬 遼太郎

朝日文芸文庫

★★★★★


”五條から入ってくる山路は、行政区分でいえば、西吉野村、大塔村、十津川村というふうになる。
いずれも無数の峰々や谷々をかかえた大村で、どの斜面にも杉や檜を植えこみ、ひところ平地の村々で流行った町村合併をこばみつづけて、いまも村制を守っている。
大塔村も、大きい。
この村に、天辻峠がある。この峠の名は、天ノ川辻峠とよばれたりする。このあたり、天ノ川が山脚を穿ちつつ流れ、さらには滝川という渓流の分水嶺をもなしているためにそうよばれたかと思える。
天辻峠は、はるかな奥の十津川郷にとっては北方の関門にあたるのだが、しかし大塔村のなかにある。”


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十津川は、奈良から和歌山にかけて紀伊半島の大山塊の中の陸の孤島のような村。外界から隔絶された位置にありながら、古来この村の人々は、歴史のポイントでささやかながら印象的な登場のしかたをしてきた。

坂本竜馬暗殺の刺客は、玄関で十津川郷士を名乗って踏み込んだ。「十津川のひとなら」と信じさせた、十津川人とはどんな人々なのか。

あまりにも米が獲れないため、江戸幕府が年貢を完全免除したという厳しい環境。昭和初期まで舗装道路が通ぜず橋も掛からず『野猿』(ワイヤーに籠を吊るして手繰って進み、深い谷を渡る)が交通手段として生きていた、という立地。にも関わらず、人心はおおらかで自分たちのふるさとに誇りを持ち、一朝事あれば大集団を組んで京へ押し出す、なんと農民階級でありながら、苗字帯刀し士分と自覚していたという誇り高き人々らしい。

また北海道開拓の時代、道央に新十津川村を拓いた人たちはこの里から逃げてきた人達だ。
(ここで村上春樹の傑作・『羊をめぐる冒険』に僕はリンクしてしまう。まあ”余談ですが”)

紀行文なのに紀行のことはほっておかれて日本史の膨大な知識を噛み砕いて説明してくれる、「日本人とは何か」を追いかける著者のライフワーク、その中でも話題豊富、かつ薄くて読みやすいのがこの一冊。第一巻長州路、それとモンゴル紀行と並んで、シリーズ読破の第一歩としておすすめです。またこのころの挿絵は須田剋太画伯であり、その迫真の臨場感は「善財童子」ならでは、無私の心だけが描くことのできる素晴らしいものです。

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―新装版について―
今回、新装版を買って読みました。爽やかな装丁で、フレッシュな気持ちで読めて、いいですね。『司馬遼太郎』という著者名が、タイトルである『街道をゆく』より大きく、上段に書いてあります。こちらにウエイトを置いたんですね。まあうなずけます。残念なのは、地図と須田画伯の扉絵が無いことです。がしかしこれも、イメージチェンジのひとつの方策なのでしょう。素朴なフリーハンドの地図や、至高の画風の扉絵は、現代受けしないと判断されたのでしょう。これもしかたなしとしましょう。いつかみたび新装なるときには復活することと思います。新しい試みなくして進歩はありえませんから。


'08.10.30.新装版第1刷発行

記:'09.07.24
更新:'10.01.21

その他の司馬作品:下記、いずれも素晴らしいです。
★★★★★+★ 竜馬がゆく 文春文庫
★★★★☆ 人間の集団について―ベトナムから考える 中公文庫
★★★★☆ 
ひとびとの跫音 中公文庫

非常口